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カテゴリー「About photography」の9件の記事

写真について

2012年1月29日 (日)

Internetがアート作品流通売買をも変える!

               
iichi HandMade in Japanhttp://www.iichi.com/people/S3306171

「ものづくり」を支援して行こうと、発足したのが 「iichi  」だ!アーテイストが作品を売買するためにはギャラリーと契約するか、アートディーラーを介して販売する。ましてや海外へのパブリシティと販売となれば個人でクリアーしていくには大きな問題をいくつも乗り越えなければならない。
私自身もファインアートフォトグラフィーを始めた当初、先ず、この問題に突き当たってしまいました。国内に関しては何とか出来ましたが海外ギャラリーへのアプローチと契約、作品送付と全てが英文にて作成しての提出でしたので30年前では全てが未知への第一歩でした。辞書を片手に作成したProfileも日本では、生誕時から始まり最終的に現在へと記載していくが、英文では、現在から生誕時記載へと続く。作品送付時にINVOICEを作成と全てがこんな感じでなれないことも有りかなりの時間を取られてしまう!
ギャラリー契約のほとんどが50%:50%の取り分で提示される。エキジビション開催時での条件としては先ず良いとしてもその後の販売比率も50%:50%で有るのが常識と成っている。これでは、アーテイストは作品制作に邁進していくには大きな負担と成っているのも事実です。現在、私のVintage printの価格は11x14インチサイズで2,200,US$にて販売されています。

※Vintage printとは、作家自身がすべての制作過程を行ないサインをいれて製作されたprintのことです。

※オリジナルプリントとは、プリンター専門者がプリントしたプリントでもアーテイスト自身が承認したプリントにサインを入
   れた作品を指す。

当然、コレクター及びファインフォトグラフィー愛好家にとってはVintage Printのコレクションに重きを置いているのも事実です。版画の世界では、作家と摺り師の共同作業は珍しいことでは無い。私、個人の意見としては、作家自身が
摺り上げてこそが作品と解釈している。
AMAZON.COM
日本人初めての作品集販売を国内東販、日販を介さずに販売するために米国 Amazonでの販売を行ったときにこれからのの流通の大きな変化を感じていた。1990年当時国内出版業界は否定的で受け入れる余地は無かっとと思います。
国内販売では、写真集の販売部数は5千部販売できれば大きな成果!と言われていた時期にワールドワイドマーケットでは10万部近い数字に跳ね上がっていたことでも認識のギャップがわかる。現在では、ネット販売に異議を唱えるモノは皆無で有る。現在も、世界中から個人的なネットでのアプローチが有り、20年以上たった今でも部数は少ないが売れている。この事から、アート作品をネットで個人的にリサーチして購入することが日常化しているのもうなずける!今や、ネット販売への参入無しでは企業ですら無視できない事実と成っている。企業広告戦略でのウエブサイト広告無しでは成り立たない。

最後に、今回参加することを機に海外ギャラリーとの取り決めと契約内容の変更等で以下の事が追加された。
               
iichi HandMade in Japan
http://www.iichi.com/people/S3306171            

1.ギャラリーでの販売されているサイズより2サイズダウンでの作品販売とすること。
具体的には、
※galleryPrintSize:11x14、16x20 inchSize(Price:2,200, US$〜3,200US$)
※iichi   PrintSize:10x12,8x10 inch Size(Price : 税別¥35,000 )

2.販売価格からエデションナンバーは記載しない。

3.gallerySizeリクエストの場合は、ギャラリー経由での販売厳守すること。

4.アーテイストRateアップした場合は、アップ率にての価格改正をすること。

5.ネット販売のN & iichi をサイン入れる際に明記。

以上、

PORTRAIT OF A SCENE 『無花果の木の下で 』全作品60点より抜粋販売作品掲載
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Paris020 Paris009
Paris014 Paris018

Paris033 Paris038
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2011年12月13日 (火)

肖像写真工房

久しぶりのBLOG更新です。
今まで何度かBLOGに掲載したことですが、メモリアルフォト撮影に私なりのこだわりが有、2011/10/1肖像写真工房を無事にスタートすることが出来ました!初めてのお客様は、私の小学生時代の同級生でカラーリストの素敵な女性です。慣れ親しんだ撮影とは言え、一番最初とは常に緊張でもあり、新鮮でも有りました。東日本大震災以来、メモリアルフォトを後世に残しておくと言う事が今回の肖像写真工房開設の大きな意味を持ちました。デジタルプリント(インクジェットによるプリントアウト)ではなく銀塩プリントに基本的にはこだわりました。一日3組み様しかお受けできない物理的、時間的な理由もこの基準厳守が為です。撮影前にゆっくりとお話し合いを行い、どのように撮っていただきたいのか?ご自分をどのように理解なされておられるのかも含めてのコミュニケーションを図った上での撮影へと向かいたいからです。今後、肖像写真工房を「人間素描の場」としていければ良いと考えております。
今回の肖像写真工房全てにわたり、自分自身での設計施工設備設置などをやりました。表札、インフォメーションボードに至るまで自作で致しました。サンドブラスト作業も今後フレームフィッテイングの際にガラスへネーム等のエッチング作業も施して行きたいと思います。
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2011年8月 1日 (月)

『銀塩写真へのこだわり』

生前遺影写真撮影への思い!

『銀塩写真へのこだわり』
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プリントの方法で、思い出の運命は変わる…水に強い「銀塩写真」

2011/3/11東日本大地震によって大津波が発生し、東日本沿岸部が壊滅的被害を受けてしまった。全て大津波によって奪い去られ、瓦礫の山を前に呆然とたたずむ人々、親族の安否、そして、探し求めるアルバム写真、婚礼写真、卒業写真、お祭り、修学旅行、遺影写真など全てを失ったとき人々が心の拠り所と気づいた存在が、写真でした!口々に『写真は、宝物だから』
せめて今、写真だけでも見つかればと人々が願う気持ちに応えるべきボランティアがいます。彼らは、初めの活動として避難所などのヘルプとして現地に入った。被災から2ヶ月が過ぎる頃から瓦礫の山、海辺、倒壊家屋跡などで無心に何かを探し求める人々を多く見ることになる。「我が家のアルバム」探しの人々でした。そのことを機に写真、アルバムを中心に探し集め一枚一枚を丁寧に真水で洗い、干して各地域の避難所で公開することで多くの人々が失ってしまった想い出を取り戻すことが出来ました。富士フィルム「写真救済プロジェクト」も企業とし活動を開始、しかし、最近のデジタルプリントは印刷なので水には弱く、昔ながらの銀塩写真、カラープリントが多く蘇りました。今回取り戻すことが出来た人々が『写真は、宝物だから』と実感を込めてつぶやいた言葉が心に残りました!
昨今、デジタル化の普及が席巻してinkジェットプリントが一般化しました。手軽さ、利便性が支持されたことは言うまでも有りません。広告、雑誌などには多様されて良い結果を出しています。
そもそも、写真とはどのような「もの」なのでしょうか?現在のデジタルプリントとは印刷との認識が無く、それまでの写真印画と同じと思われているのではないでしょうか?展示して鑑賞するためのポスター、ポストカードと同じではないでしょうか!
7年前にいち早くデジタル化を推進して撮影をスタートいたしました。2年間作品、仕事の撮影をいたしました。しかし、私の中で写真として受け入れることが出来ない長期保存、銀塩写真では200年近い存続率などは確認されて存在しています。2年間で仕事でのデジタルシステム以外をアナログシステムへ戻しました。この事は、論理だけでデジタルを否定することへの懸念も有り、自分自身にて体験、挑戦を経て出した私の写真への答えです。現在、日本写真館協会員のほとんどがデジタル撮影、プリント制作にての営業をされています。しかし、今回の東日本大地震がもたらした被災による写真の存続率の問題が今後人生の記録者としての写真館の意識も問われることとなるのではないでしょうか。
ポートレート撮影で生前遺影写真を印刷処理(inkジェットプリント)された「モノ」を葬儀霊安置されることへの拒否的感情が解消されないからでした。葬儀後も遺族の基で忍ばれるメッセージボード的役割をも果たし続ける大切な遺影だからです。
『可能な限りの長期保存』
現在の主要感光材料は、主に英国(イルフォード)ドイツ(テッテナール旧アグファ)米国コダック社フィルムにて撮影、現像、プリント、フレームフィッテイングなどを行なっております。お渡しするときの最終形態は、11”x14”インチ(約28x36センチ)写真サイズを16x20インチ(40,64x50,8センチ)ミュージアムボードブックマート(無酸性ボードベース版に4コーナー留に無酸性ボードオーバーマットにて開閉出来るように背綴じ、永久保存処理を施し(ニューヨーク近代美術館、世界主要美術館所蔵基準)に基づき制作いたします。プリント背面に制作年月日、撮影者、永久保存処理済みサインが記載されます。遺影撮影は、ご依頼主の方とのコラボレートの結果納得された結果にて最後のお別れを本人が弔問に訪れた皆様の心に語りかけるメッセージボードと解釈いたしております!
葬儀社からのオーダーはお受けいたしておりません。ご本人様からのご依頼による生前遺影写真撮影だからこそ伝わると感じています。
『撮影、納品形態と料金』
撮影:出張撮影にてご本人様の生活環境写場、又は、スタジオ撮影にて撮影後3カットセレクト。
料金:11”x14”インチ(約28x36センチ)写真サイズを16”x20”(40.64x50.8センチ)インチミュージアムボードブックマート仕様1点、他2カット 11x14(約28x36銀塩プリント、セレクト3カット+4"X5"(10.16X12.7センチ)デスクフレームサイズプリント3点、お渡し、標準撮影税別¥70,000,(出張実費経費別途請求)
額縁:¥9,800 ~¥28,000(全て無垢材仕様にて塗、ナチュラル、選択頂けます。)
撮影依頼で、ご自分を表現する事を是非大切に考えていただければと思います。
以上がPhotography-SHIMAの遺影写真撮影概要です。

ご意見、ご質問などございましたらご遠慮なくトラックバックにてお受けいたします。

 
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2011年5月13日 (金)

生前遺影写真撮影に寄せて!

昨今、いろいろな機会で話題になる生前遺影写真に付いて思うことは、自分自身と向きあうチャンスになれば良いのではと思っております。記憶に新しい出来事としては、キャンデーズのスーちゃんこと田中好子さん葬儀の遺影写真が彼女の微笑と弔問に訪れた方々への最後のお別れへのメッセージボードと感じられたからでした。もっと生きたい!その思いが強ければ強いほど死と向きあう思いも強い事を感じずにはいられませんでした。旦那様が撮影された田中好子は、共に生きた証にも受け取れました。長い間写真と向き合い生きて来た者として写真の本質に触れることが出来ました。突然訪れる死に対して心の準備をすることの難しさ!今回の、東日本大地震のような災害は避けようが有りません。しかし、日常と向き合い生きている中では知り得ることと思います。スーちゃんの場合は、闘病、退院、を繰り返しながらも今を生きたい思いを女優を続けたい!思いを抱きながら弔問に来ていただく方々へ深い感謝の気持ちをどう?伝えるか!東日本大地震で被災された方々への励ましをも含めて彼女の精一杯が溢れていた彼女らしい葬儀に受け取ることが出来ました。「生きることは、死と自分自身に向き合うこと」ではないでしょうか!
生前遺影写真とは、遺影ではなく今を感じて生きておられるあなたが写真を撮るときに少し襟をただして自分自身を意識してみるだけで良いと思います。日々写真を撮るときにこの事を思い出して下さい。
撮影者の意識も大切です!撮る側、取られる側の思いが写真に映りますから!家族、友人、恋人、様々な関係性、昔ながらの写真館など写真をもう一度生活の中に意識を変えて観てください!
きっと、今までと違った自分に出会えるチャンスだから。

2011年5月12日 (木)

PORTRAIT OF A SCENE 上海展終えて!

2011/03/17から約2ヶ月間に及ぶ上海展を2011/5/10に無事に終えることが出来ました。開催直前の東日本大地震で多大な被災を被った惨状を前に全身が硬直していく自分!幼い頃に母に連れられてよく行っていた岩手県宮古、浄土ヶ浜、本当に美しい私の大切な想い出でも有りました。消息不明の知人など今も判明していません。ニューヨーク9.11で友人3名を無くしこの世の「無常」を感じずにはいられません。
今、私に何が?と思い今回のエキジビション開催を東日本大地震チャリティー参加展にすることを急遽ギャラリーとの交渉にて快諾頂き募金箱設置と売上の30%義援金として送ることに致しました。集計、精算後送ることになります。沢山の参加していただいた方々に心より感謝申し上げます。
中国上海に拠点を移して早、7年が過ぎました。今回のエキジビション開催が2回目になり中国アート写真
事情なども今後レポートしていきたいと考えています。今回、中国最大の写真情報ウエッブサイトのインタビューを受けましたのでそのURLを下記に掲載いたしますので中国写真現状が見て取れると感じました。
是非、御覧ください!
http://www.xitek.com/
http://www.xitek.com/html/vision/exhibition/
http://vision.xitek.com/interview/

2010年3月30日 (火)

上海でのスタジオ造り!Vol.2

メインエリアへのスタジオ移転に伴ない効率的に仕事をこなせる環境を重視してモダンなシステム スタイルへと変更しての新たなスタジオ造りを行った!一年目は、300平米のワンフロアーだけのスタジオとして考えた。ミーテイングルーム、グラフィックルーム、オーナールーム、カウンターバーなどのリラックスできるスペースなども考慮しての全体構想案で仕上げた。
二年目で同じく300平米を二階に積み上げてのスペース確保。これで、大きいものの撮影などは一階スタジオで行い、小物、モデル撮影などを二階スタジオにて行えるように整理しての業務が出来る環境が整った。スタジオマンの居住スペースも確保したので深夜、早朝、泊まりでの作業も可能である!これにより、スタジオマンの疲労度も軽減される。人の流れ(動線)は作業などをしながら修正して完成していくつもりだ!常に付きまとう問題として、整理整頓システム構築が課題だ!中国ではこの問題が一番重要な事なのです。全ての作業が終わった時点で整理整頓、機材点検、もとの位置への収納などを徹底して行わなければスタジオの損失は大きくなるのでスタジオマン(人を育てる)育成と教育が今後の課題として残る。

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2010年3月17日 (水)

上海でのスタジオ造り!Vol.1

東京での仕事をやるにはレンタルスタジオを利用するスタイルでしたが、私が上海に来た当初はスタジオを所有していないと仕事後出来ませんでした!はじめは中国人フォトグラファーのスタジオを借りて撮影をしていましたが、とにかく汚い!ライト機材も整備されていない状況で撮影をする度に何とかしなくてはとの思いが強く成り、東浦サイドに最初のスタジオ造りを始めました。倉庫を改装してのパリ時代のスタジオを手作りで再現したようなスタジオに出来上がりました。しかし、とにかく広い!300平米ぐらい有って冬は暖房が効かずモデルもスタッフも寒さの中での撮影でした。上海の夏は、地獄的に蒸し暑くこれまた冷房が効かない広さでバスタオルを首からさげて汗拭き拭きの仕事でした。秋と春は快適な撮影が出来たのでこのシーズンが上海のスタジオワークはベストです!ほとんどの作業を自分たちでこなして完成したスタジオは、格別な思いが有りました。物づくりな工房的作業場としては気に入っていました。
しばらくはここで頑張るしかなく、翌年にはメインエリアへの移転を考えて居ました!その状況は、Vol.2でお伝えしたす。

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2010年2月 2日 (火)

アナログXデジタルのクロスロード!

上海に住み始めて1年が過ぎた頃に2年は仕事をしないで撮影に専念出来るはずの資金もそこをつき仕事をしなければいけなくなり、そこで機材の問題が出てきたワケで上海の水質がものすごく悪くフィルム現像など暗室作業を上海ではしたくなくてそれを期にデジタルへ移行した経緯が有りました。
デジタルカメラ、MacBook などデジタル関連を整備するだけでもシックハックした末に30年来お世話になっていた東京のプロ機材大手ショップに事情を話、それまで保有していたコンタックスRTS III型2台、レンズ6本、同じくRTS645フルセット、FOCOMAT2C ,など全てを売却してのデジタルへ移行!困らない仕事環境は構築できたのですが作品制作では自分の表現に違和感を感じていながら1年が過ぎた頃に作品関連は銀塩写真に戻す決断をしてシステムの再構築!カメラはともかくとして暗室関連の以前のシステムへ戻すのが大変な日々を過ごす事に成ました。FOCOMAT2Cが入手出来ず、落ち着いたのがダーストL900システムとFOCOMAT1Cカラー、FOCOMATv35バリアブルヘッドで1C用のコールドライトユニットにて無段階コントロールが出来る事とドライダウン補正が容易に出来ます。カメラ類もローライ3.5f、ライカM4、M3と以前のシステムへと戻す事が出来ました。私の作家人生はこのシステムで終われると実感致しました。仕事上はデジタルが世界のシステムとして利便性からももっと確立して行くのは明白と思います。
若い世代は、デジタル写真から始まっているようです。どちらが優位かでは無く、使いたいシステムを使える事の自由さは本当に素晴らしい!と思っています。
最近では、デジタルからアナログプリント制作のシステムも開発されてきていますから表現領域が広がっていく可能性を感じます。自分にフィットした方法を見つけることが出来ればそれで十分に作品表現が出できます。大きな反省として今回システム再構築をしてそのことを再確認出来たことです。

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2010年2月 1日 (月)

上海写真事情!

中国上海に住みあじめて5年半が立ち、ライカ2台だけを持ってこの地に漂着した感が有りました。
上海は、すでにデジタル化が当然と言った環境で広告、マガジン、ファッションと現地フォトグラファーは仕事をしていたが、ほとんどのフォトグラファーは日本、欧米で写真を学んだようです。結果的に、写真を生業に出来る人は経済的な富裕層に限られる。海外へ出国出来ること自体が恵まれた人達だ!考えてみれば、デジタルカメラ自体が高額な機材であることも誰でも写真を始められる事ではないからだ!
私が写真を始めた時代には、かの木村伊兵衛氏が写真を始めたころでライカ一台で家一軒が建つとも言われたエピソードも有るぐらいに写真家になれるのはお金持ちのボンボンしかなれないと言われたことを思い起こす。そのせいかは分からないが写真学校が無かったのである!都市部の有名大学にはデザイン科の中に授業の一部としての写真習学があったようだった。最近は、メデイア関連の専門職なども必要とされることも有り、映像全般としてのコースも設けられてきたようです。
art photographyの現状は、キューレータ、ギャラリー、コレクター、写真家、全てに言えることですが、2007年11月に上海アートセンターにてエキジビションを開催した状況からしてもこれから先がどのように進んでいくのか?難しい課題が山積みのようにも思えてくる。私がエキジビションをやった上海アートセンターは上海ではその当時写真ギャラリーではベスト3に入るギャラリーと言われていました。商業的な契約などきっちりとしていましたが、内容事項の実践が無く信頼することが出来なかったのが残念で仕方がない!作品集の返却、各メデイアへの掲載パブリシティ、フレームフィッテイング、照明環境、作品展示のどれをとっても雑で安心して作品を預ける事が不安!
それ以後、上海にも海外からのギャラリーなどもオープンしたりと増えては来ているが、アート写真の
環境では無いように思う。作品の取り扱い方、フレーム工房が必要!、関係者のトレーニングは必要不可欠!と環境整備が必要です。富裕層が毎年増え続けていることを当て込んでのギャラリーオープンが多くなっています。ブランド品を売るが如く押し売り状態が進んでいる現状は心が痛みます。経済的発展がもたらす歪なのでしょうか?バブル期の日本、東京もそうだった覚えが有ります。時間が必要なのかもしれません!写真作家より、広告などの商業写真を志す若者は増えています。
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